2025年07月13日
本文:コロサイ人への手紙3章5節〜3章17節
パウロは、私たちが「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る」ことの大切さを語ります。キリストに出会い、救われた者は、もはや以前の罪に支配される存在ではありません。それでも私たちは、古い習慣や思考にとらわれてしまうことがあります。だからこそ、キリスト者には霊的な意味での「衣替え」が求められているのです。
日本はキリスト教国ではないものの、美しい文化や道徳が育まれています。礼儀、謙虚さ、公共心など、聖書に通じるような徳目もあります。しかし、聖書はその表面的な良さを超えて、私たちの内面に潜む貪欲や情欲、偽りを問題にします。見えないところこそ、神は見ておられる──この認識は、信仰者にとって非常に重要です。
とくに今日の文化は、性的誘惑や物質主義が当たり前のように蔓延しています。パウロが挙げた罪のリストは、まさに現代社会にも当てはまるものであり、クリスチャンである私たちもこの「蛇の文化」との決別を迫られています。創世記に記された"原福音"――すなわち蛇と女の戦いの預言――を思い起こすとき、私たちの戦いは今も続いていることを実感させられます。
しかし、聖書は裁きの言葉で終わりません。新しく生まれた者は、キリストにあって新しい衣を与えられています。それは慈愛、謙遜、寛容、赦し、愛、そして平和と感謝の心です。これらの美徳は、単なる倫理的な指針ではなく、キリストのご人格そのものです。そして私たちは、そのお方に似た者として日々変えられていく旅路の中にあります。
この教えを前にして、私たちに求められているのは、ただ表面の行動を整えることではありません。口先だけの信仰でもありません。むしろ、日々の生活の中で、自らの内面と習慣を見つめ直し、福音の真理によって更新されていくことです。
日本社会に生きる私たちにとって、表面的な"よさ"と、御言葉による内面の変革との違いを見極めることは、とても重要です。そして何よりも、互いに赦し合い、愛によって結ばれた共同体として生きることこそ、今この時代に求められているキリストのからだの姿です。
"キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。ことばであれ行いであれ、何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し、すべてを主イエスの名において行いなさい。"
コロサイ人への手紙 3章16~17節 聖書 新改訳2017 ©2017新日本聖書刊行会
私たちは今こそ、この招きに応えて、日々「新しい人を着る」信仰生活を共に歩んでまいりましょう。