礼拝説教

妨げられることのない福音


2025年05月11日

本文:使徒の働き(使徒言行録)28章1節〜31節

使徒の働きは28章で幕を閉じます。そこに描かれるのは、激しい嵐と漂流の果てにマルタ島へ流れ着いたパウロ一行が、ローマ帝国の中心へ到達するまでの最後の歩みです。物語は単なる旅行記ではありません。神の国の福音が、いかなる障害にも妨げられず前進していく歴史的証言であり、私たちへの霊的教訓に満ちています。以下、主な論点を「歴史的示唆」と「霊的教訓」の両面から整理してみましょう。

1.マルタ島での救出と奇跡(1–10節)

マルタはシチリア南方に位置し、古来地中海航路の要衝でした。荒天で船を失った276人全員を島民が受け入れたという記録は、当時としては驚くほどの大規模な救援です。島に残る「パウロと毒蛇」の石彫も、使徒の事件が地域の記憶に深く刻まれた証拠といえます。

パウロが毒蛇に噛まれても害を受けなかった出来事は、マルコ16章18節の成就として記されます。主の預言は歴史の中で確かに実現する──その事実が、漂流で疲弊したパウロやルカたちに新しい信仰と希望をもたらしました。パウロは「奇跡を誇る器」ではなく、「神が御業を表す器」でした。すなわち、自分を高くせず、ただ祈りと奉仕で病を癒やしました。真の奇跡は自己顕示ではなく、神の栄光を指し示すものだと教えられます。

2.冬を越え、ついにローマへ(11–16節)

冬が明けると一行はアレクサンドリア船で出港し、南イタリアのシラクサ―レギオン―プテオリを経てローマを目指します。ローマ街道アッピア街道沿いの町々は当時の主要交通網であり、福音が帝国全土に広がる土壌となりました。ローマ到着後、パウロは通常の牢獄ではなく「自費の家」での軟禁が許可されました。これは総督や百人隊長らが、彼の無実と人格を高く評価した結果と考えられます。

道中で迎えに来た兄弟たち(アピイ・フォルム、トレス・タベルネ)は、パウロに大きな励ましを与えました。互いを歓迎し励ます愛の交わりは、宣教の前線に立つ者に力を与える最良の支援であることを示します。パウロの最終目的はローマを越え、当時「地の果て」と見なされたイスパニア(スペイン)へ福音を運ぶことでした。大宣教命令に従い、限界を定めず前進する信仰の視野を学びます。

3. ローマでの証言とユダヤ人への最後の訴え(17–28節)

ローマには当時すでに多数のユダヤ人共同体がありました。パウロは到着後わずか三日で指導者たちを招き、イスラエルの「望み」──メシアの到来と復活──を解き明かします。彼らはパウロ個人の悪評をまだ聞いておらず、むしろ「いたるところで反対されているこの道(キリスト教)を知りたい」と関心を示しました。

パウロはモーセと預言者から「神の国」と「イエス」を朝から晩まで説明しました。福音の核心は歴史(律法と預言)の成就としてのキリスト宣言であり、そこに未来への希望、すなわち神の国が結びつきます。信じる者と信じない者が分かれたとき、パウロはイザヤ書6章の預言を引用し、聞いても悟らない心の堅さを嘆きました。信仰は恵みの賜物であり、受け入れる謙遜な心が不可欠であることを示します。
・救いが異邦人へと広がる神の救済史の逆説──イスラエルのつまずきが異邦人の救いを呼び起こし、やがてイスラエル自身を妬みによって救いへ導く──は、歴史を超えた神の知恵の深さを物語ります(ローマ11章)。

4.結び ―「少しも妨げられることなく」(30–31節)

この二年間にパウロは「獄中書簡」(エペソ、ピリピ、コロサイ、ピレモン)を執筆し、逃亡奴隷オネシモを回心へ導きました。外見は鎖に繋がれながらも、福音の働きはむしろ加速したのです。ルカはローマでの裁判の結果をあえて記しません。物語を開かれた形で終わらせることで、「とどまらない福音」の歴史が読者自身へと続いていくことを暗示します。

福音は環境にも鎖にも封じ込められません。キリストの命は、受け止める心を通してどこへでも広がります。『使徒の働き』の終幕は、教会史の序章でもあります。私たちは今も、この「妨げられない福音」の物語を継承し、地の果てに向かって宣べ伝える使命を受けています。終わりの日に至るまで、歴史の主権は神にあります。その確信は、どの時代にも勇気と希望を生み出します。

マルタ島の奇跡からローマの家の教会まで――パウロが示した大胆さと忍耐は、福音が文化と権力の壁を越えて前進する力そのものでした。ルカによる使徒たちの宣教の記録はここで終わりますが、「神の国を少しも妨げられることなく宣べ伝える」物語は、教会と私たち一人ひとりのうちに今も書き続けられています。

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