礼拝説教

カインとアベル その2


2023年11月12日

創世記4章1節〜7節

カインとアベルはアダムから生まれました。子供は親の様々な側面を受け継ぎます。アダムの罪はカインにも現れ、良い部分はアベルにも見られます。要するに、アダムには良い面も悪い面もありました。私たちにもカインの良くない部分もありますし、アベルの良い部分もあります。言い換えれば、我々人間の内面には異なる2つの側面が共存しています。この2つの側面は常に争っており、その争いは毎日激しく繰り広げられています。考えてみれば、私たちが生活の中で経験する苦しみは、他人と争うときよりも自分の中で葛藤するときのほうが大きいのです。理想の自分を求めているはずなのに、理想を実現する行動をやめさせようとするのは自分自身です。この2つの矛盾した自分が内面に共存しているから人間は苦しいのです。そして、私たちの心にサタンが働きかけて私たちを倒そうとします。私たちの心を攻め落とそうとするサタンの勢力がいることに気づくべきです。

思ってもいなかったのに、つい口から発して愛する人を傷つけてしまった、あの言葉。私の本心でもなければ、私の良心でもない、自分の中の悪い自分が、その言葉を吐かせたのです。本当の私はそんなことを思っていなかったのです。このように悪なる自分がいるのですが、その一方で、神様のかたち、愛することを欲する魂、自分を犠牲にしてでも相手を喜ばせたい美しい心が、誰にも必ずあるのです。私にはそんな美しい心はありませんと言うかもしれませんが、今はまだ罪に汚れて美しい本当の自分がぼやけてしまっているだけで、どんな人にも神様の愛に似た美しい心があります。これがクリスチャンの人間観です。愛の神様のかたち、その霊的な姿があなたに、そしてあなたの隣人にも、確かにあるということを忘れないでください。しかし、現実はそれだけではありません。誰にも醜悪な罪の部分があって、善の部分と共存しているのです。

人間の内面で巻き起こる良心と悪心の戦いを書き記した人物が使徒パウロです。彼は福音の歴史における偉大な人物ですが、彼でさえ、自分の内面はまったき善だ、などとは言いませんでした。むしろ、自分の中に醜くて目を背けたくなるほどの罪の姿がある、そういう現実を告白しました(ローマ人への手紙7章15〜24節)。

しかし、すぐ後の25節では、「私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します」と述べました。救いようもない自分であることを告白した上で、パウロは神に感謝しました。それは主(しゅ)イエス・キリストを通して、イエス・キリストによってのみ、救われたからです。つまり、修行や自分の努力によっては救われない罪人である自分が、イエス・キリストの十字架の死、その贖(あがな)いによってのみ罪を許され、義と認められたという完全な降伏、完全な勝利を味わったのです。

ローマ人への手紙 7章15~25節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
"私には、自分のしていることが分かりません。自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っているからです。
自分のしたくないことを行っているなら、私は律法に同意し、それを良いものと認めていることになります。
ですから、今それを行っているのは、もはや私ではなく、私のうちに住んでいる罪なのです。
私は、自分のうちに、すなわち、自分の肉のうちに善が住んでいないことを知っています。私には良いことをしたいという願いがいつもあるのに、実行できないからです。
私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています。
私が自分でしたくないことをしているなら、それを行っているのは、もはや私ではなく、私のうちに住んでいる罪です。
そういうわけで、善を行いたいと願っている、その私に悪が存在するという原理を、私は見出します。
私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいますが、
私のからだには異なる律法があって、それが私の心の律法に対して戦いを挑み、私を、からだにある罪の律法のうちにとりこにしていることが分かるのです。
私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します。こうして、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。"

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