2020.09.20 イエスの弟子になる方法

ルカによる福音書14章25~35節
さて、大勢の群衆がイエスと一緒に歩いていたが、イエスは振り向いて彼らに言われた。
「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分のいのちまでも憎まないなら、わたしの弟子になることはできません。
あなたがたのうちに、塔を建てようとするとき、まず座って、完成させるのに十分な金があるかどうか、費用を計算しない人がいるでしょうか。
計算しないと、土台を据えただけで完成できず、見ていた人たちはみなその人を嘲って、
『この人は建て始めたのに、完成できなかった』と言うでしょう。
また、どんな王でも、ほかの王と戦いを交えようと出て行くときは、二万人を引き連れて向かって来る敵を、一万人で迎え撃つことができるかどうか、まず座ってよく考えないでしょうか。
もしできないと思えば、敵がまだ遠くに離れている間に、使者を送って講和の条件を尋ねるでしょう。
そういうわけで、自分の財産すべてを捨てなければ、あなたがたはだれも、わたしの弟子になることはできません。
塩は良いものです。しかし、もし塩が塩気をなくしたら、何によってそれに味をつけるのでしょうか。
土地にも肥やしにも役立たず、外に投げ捨てられます。聞く耳のある者は聞きなさい。」
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

イエス様は、群衆が増え始めるのを見て、この群衆を導いていく弟子は誰かと私たちに問われています。弟子になる人に求められる水準がありました。キリストにつながる者は皆、自分を振り返り、信仰の水準を高めていくことが望まれます。

イエス様は、弟子となるための条件を2つ語りました。1つ目は、自分の両親や家族、さらには自分のいのちまでも憎むことでした。「憎む」とは、ヘブライ語で「2つのものを比較して、より少なく愛する」ことを意味します。神と両親、神と家族、神と自分を比較するとき、神を優先しなさいということです。神とは、この世界をお造りになった唯一の神、創造主のことです。信仰を象徴する言葉に、「憎む」「離れる」「手放す」という言葉があります。神を、世のものと相対化することは正しい信仰の姿勢ではありません。イエス様は、「だれも2人の主人に仕えることはできない」「神と富とに仕えることはできない」と仰いました。(マタイ6:24)皆さんは、お金無しに生きられますか。生きるためにお金は必要です。しかし、イエス様は続けて仰います、「一方を憎んで、もう一方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。」

イエス様は祈り方を教えてくださいました。(ルカ11:2~4)祈りの焦点は「神の御名が聖なるものとされますように」「御国が来ますように」です。その後に、「日ごとの糧を、毎日お与えください」と祈りなさいと仰います。イエス様は日常の生活のためにも祈りなさいと教えましたが、神を何かと同列に置いて比較することはできないと教えているのです。イエス様の弟子は、唯一なる神の前に立ち、優先順位を正しく判断する者です。

私たちが全てにおいて神を優先することは、実は私たち自身のためです。神が私たちから全てを搾取するなどと誤解してはいけません。神は、この世の物質に影響されない方です。私たちが神を優先するべき理由は、人間が究極的に神に頼ることでしか生きられない存在だからです。神なくして、私たちの魂は決して満たされることがありません。私たちは熱心に神に叫び求め、神を礼拝するべきです。

イエス様の弟子となる2つ目の条件は、「自分の十字架を負ってわたしについて来る」ことです。(ルカ14:27)十字架とは、涙と痛みです。イエス様の弟子として生きるのは素晴らしいことですが、現実の献身生活はあまりにも涙が多く、痛みが伴います。辛酸に耐えて、ついて来なさいと主は言われます。主に従うことによって辛く苦しい人生を歩むなら、その人は私の弟子であるとイエス様が言われます。苦難をも喜ぶとパウロは言いました。(ローマ5:3)イエス様と一緒にこの身を捧げる人は、神に喜ばれる霊の生贄であり、聖なる大祭司です。

信仰の道を途中で投げ出したくなるときが来るだろうと主は言われます。(ルカ14:28-30)イエス様とともに歩む十字架の道を甘く見てはいけません。貴方が十字架の道を歩むとき、イエス様の愛に留まり続けることが大切です。

世界は、あまりにも「手に入れること」に心を奪われています。イエス様の弟子は、自分の所有、自尊心(プライド)、こだわりに縛られません。最初の弟子たちは、舟と網と父親を捨ててイエス様に従って行きました。イエス様とともに永遠に生きるという最高の宝を頂いたからです。イエス様の貧しさによって私たちが富む者となりました。(IIコリント8:9)イエス様の弟子は、イエス様の貧しさに倣い、永遠のものに向けて心を据えて生きる人です。