2020.12.06 マナとカナンの収穫

2020.12.06 マナとカナンの収穫

聖書本文:ヨシュア記5章10〜12節 

説教(講話):
ヨシュア記は、荒野の民がどのように約束の地カナンの民となったのかを教えます。イエス樣を信じる者は約束の地の民ですから、ヨシュア記は私たちのための書です。

出エジプト記16章には、唯一の創造主である神様がイスラエルの民に荒野でマナを与えてくださる場面が記されています。神様はマナを降らせ、うずらの肉までも食べさせてくださいました。神様は、私たち自身が自分を知るよりも私たちのことを良くご存じです。神様は私たちの必要を正確に満たしてくださいます。私たちが欲によって欲しがるものを何でも与えるのではありません。私たちの魂の渇きを満たす本質的な満足をくださるのが神様です。 

荒野で試みがあり、それに直面したイスラエルの民は不安になりました。カナンの地に到達した人たちにさえ不安がありました。それは未来に対する不安です。

“「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。”
ヨハネの福音書 14章1節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

イエス様の復活を信じる信仰者は、捨てても生き、死んでも生きることの証人です。アブラハムも、イサクも、ヤコブも、この信仰によって偉大な先祖になりました。

“すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした人たちの中から、だれか一人が、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。」”
使徒の働き 1章22節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

パウロはイエス様と行動を共にしていなかったのに、どうして使徒となったのでしょうか。それは彼がイエス・キリストの復活を自分の身に経験したからです。イエス様を信じる者とは、イエス・キリストの十字架を見上げ、古い自分が死んで新しく生きるようになった人です。
 
“もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです。”
ガラテヤ人への手紙 2章20節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

“ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。”
コリント人への手紙 第二 5章17節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
  
信じると告白した者に不安があってはいけません。あらゆる執着を捨てて主に全てを委ねましょう。主があなた方の悩みと苦しみを全てご存じでいてくださり、主が必ずあなた方を養ってくださるという信仰と約束を掴んで生きるべきです。そのようにして祝福をいただいたときこそ、主を心に据える者でありましょう。(申命記8:17-18)