2020.11.15 不正な管理人を褒めた主人

聖書本文:ルカによる福音書16章1~9節

説教(講話):
この管理人は、金持ちの主人の資産を増やしたのでもなく、正しく管理したのでもありません。むしろ主人の資産を減らしたのです。それでも主人は管理人の賢さを褒めました。通常の価値観で考えると、管理人を褒める主人の姿は滑稽に映ります。私たちの社会では、所有は多い方が良いとされているのです。

会計士が経営者の意向を理解することが大切なように、主人が管理人を褒めた理由を知るには、管理人に資産を任せた主人の心を理解する必要があります。会計士として大切なのは自分の考えではなく資産の持ち主が何をしたいかを考えて理解することです。

私たち人間は、創造主である唯一の神様に仕える管理人です。時間、才能、霊的な能力は神様が私たちに託してくださったものです。しかし、イエス様はお金、すなわち物質にも着目しました。私たちが持つお金も神様に託された物質であり、私たちはその管理人です。

ルカ16:13「どんなしもべも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは、神と富とに仕えることはできません。」聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

マタイ23:16-17 で、イエス様は、パリサイ派を愚かで目の見えない人たちだと言いました。身体的なハンディキャップの話ではなく、彼らの心が見るべきものを見ていないということです。イスラエルの民の指導者でありながら、彼らは黄金を神殿よりも愛し、カネを神よりも愛していました。彼らはイエス様の教えを受け入れることができませんでした。

神の民は、神に託されていた律法と恵みを浪費し、金銭を愛しました。神から託されているモノを、神の目的や意思に沿って使っていなかった点が、不正を訴えられた管理人と重なります。

不正な管理人は裁きに直面しました。私たちは神様の前に会計報告をする日が来ます。私たちがこの地上で神様から託されているものを管理しなくなるときです。それは、私たちが死を迎えるときです。

イエス・キリストは、私たちの肉体の死後に魂が帰る場所と、そこに辿り着く方法を教えてくださいました。私たちは死後、唯一の神様のもとへ帰ります。 もし人が神を知らず死後の世界を知らずに生きているとしたら、行き先を知らずに飛行機に乗るようなものではありませんか。

不正な管理人は、もう管理人として居られなくなったことを知り、債務者たちを呼び集めて、自分の未来に備えました。負債を清算し、未来に備えることは信仰者の姿勢です。

私たちは皆、神様を知りませんでした。聖書は、私たちは神様の家であると教えます。私たちの身体と人生は、神様が私たちと一緒に生きるために私たちに託してくださった家です。この世界もまた、本来は神様の御国であるべき場所です。神様は私たちに世界を託してくださり、この地をイエス様と一緒に神様の御国にすることを夢見ておられます。

神様はこの世界の金持ちよりも遥かに豊かな方であり、全ての権力を統治しておられる方です。私たちには何一つ自分で得たものはありません。私たちは神様に愛され、神様から頂いたギフトを託されて生きています。 私たちは神様の愛をイエス・キリストを通して完全に知ることができました。

2010年、世界的の富豪たちが資産の少なくとも半分を慈善事業に寄付することを誓約しました。世界的な大富豪の中には、自分の子に1円も遺産を相続しないことを決めている人たちもいます。彼らが次世代に相続したいものはお金ではありません。これが彼らの知恵です。

信仰者にも、全ては神様から頂いた祝福という信仰があります。信仰者は神様の祝福を良いことに用いたいと願う者たちです。神様の目に私たちがどれだけ尊いでしょうか。

信仰者は、世の富や名誉のために奉仕やビジネスをするのではありません。どれだけ得たか、どれだけ律法を守ったかによって自分を神様に誇ろうとするのでもありません。そのような誇りは行いを誇っていることです。それはイエス様の十字架と義を誇る信仰ではありません。信仰は、自分が分け与え、自分を空しくすることによって、神様による復活を体験する姿勢です。

不正な管理人のように、神様から託された才能と知恵を大胆に用いましょう。神様はその信仰の故に私たちを褒めてくださるでしょう。