2020.09.13 その人は時が来ると実を結ぶ

詩篇1篇1~3節
幸いなことよ
悪しき者のはかりごとに歩まず
罪人の道に立たず
嘲(あざけ)る者の座に着かない人。

主のおしえを喜びとし
昼も夜も そのおしえを口ずさむ人。

その人は
流れのほとりに植えられた木。
時が来ると実を結び
その葉は枯れず
そのなすことはすべて栄える。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

聖書は、人が実を結ぶべきであると教えます。例えば、イエス様は、ぶどう園に植えられたいちじくの木のたとえ話を語られました。(ルカ13:6)いちじくの木はイスラエルの民を指します。(エレミヤ書24章)今の福音の時代ではイエス・キリストを信じる私たちキリスト者のことです。(ローマ2:29)

創造主である神が人を創造されたのは、人が生み、増え、地を満たす(創世記1:28)ようにとの願いからでした。イエス様は、私たちに「天の父が完全であるようにあなたがたも完全になりなさい」(マタイ5:48)と教えました。神様は完全な愛のお方です(Ⅰヨハネ4:7~12)。神様の愛は無条件の愛(アガペー)です。私たちが生む実りは、神様の愛をもって互いに仕え、愛し合うことです。

十字架で殺されたイエス様は、初穂として死者の中から蘇りました。(Iコリント15:20)。神様は、私たちも神の初穂となって愛を実らせることを望んでいます。(ヤコブの手紙1:18)

ぶどう園の主人は、いちじくの木に愛の実りを期待しました。しかし3年が過ぎて時が満ちましたが、実りはありませんでした。主人が木を切り倒そうとすると、園の番人は主人を説得し、1年だけ猶予を求めました。この番人こそイエス様です。イエス様はたとえを通して、イスラエルの民に神の裁きの切迫を悟らせ、悔い改めを促しました。

私たちが神のときに合わせて愛の実りを実らせるには、悔い改めが必要です。(マタイ3:8)真の悔い改めは、神の御言葉である聖書を通して自分の罪を知り、生き方を変えることです。しかし、使徒パウロでさえ自分を変えることは難しいと言いました。(ローマ7:24)私たち人間は自分を完全な姿へと変えることは決してできません。なぜなら、人間は堕落した人アダムの子孫であり、原罪があるからです。

イエス様は、私たちがイエス様に繋がっていることにより豊かに実を結ぶと言いました。(ヨハネ15:1-5)私たちが神様に実りを捧げるには、御言葉を昼も夜も黙想し、神がキリストを通して私たちに施してくださった恵み(福音)を悟って感謝し、愛を実践する生き方に変えることが大切です。