2020.07.19 「ただ、おことばを下さい」

マタイによる福音書8章5~13節
イエスがカペナウムに入られると、一人の百人隊長がみもとに来て懇願し、「主よ、私のしもべが中風のために家で寝込んでいます。ひどく苦しんでいます」と言った。
イエスは彼に「行って彼を治そう」と言われた。
しかし、百人隊長は答えた。「主よ、あなた様を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒やされます。
と申しますのは、私も権威の下にある者だからです。私自身の下にも兵士たちがいて、その一人に『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをしろ』と言えば、そのようにします。」
イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。わたしはイスラエルのうちのだれにも、これほどの信仰を見たことがありません。
あなたがたに言いますが、多くの人が東からも西からも来て、天の御国でアブラハム、イサク、ヤコブと一緒に食卓に着きます。
しかし、御国の子らは外の暗闇に放り出されます。そこで泣いて歯ぎしりするのです。」
それからイエスは百人隊長に言われた。「行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどそのとき、そのしもべは癒やされた。
聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会

5章から7章にかけてイエス・キリストは山上の垂訓で神の御国の黄金律を宣布されました。山から降りて来られたイエス様と群衆の前で起こった出来事の一つがイエス様に対するローマの百人隊長の信仰告白です。

百人隊長は中風で苦しむ僕(しもべ)のために自らイエス様を訪ね、イエス様の足元にひれ伏して僕の癒しを乞いました。ローマの高い地位にある軍人が、社会的身分で見れば植民地の田舎から出てきた大工の息子に過ぎないイエス様にひざまずいて懇願したのでした。それは、数百人の命を如何様にもできる百人隊長が、愛する僕一人のために自尊心や身分を捨ててへりくだる真の信仰者の姿勢でした。

百人隊長は、部下の兵士に命令をすれば兵士がそれに従うように、イエス様のお言葉だけ頂ければその通りになります、と信仰を表明しました。これほどの絶対的な信仰は、教師や預言者に対する以上の姿勢です。百人隊長はイエス様を命の主、キリストとして認識しているのです。百人隊長の信仰は、彼の言葉だけでなく、その生き様によってイエス様に称賛されました。

祈りが叶わないとき、私たちは「主よ、どうして来てくれないのですか」と不満を漏らさないでしょうか。誰よりもイエス様のそばにいた弟子たちや、誰よりも律法を学んだ学者たちの関心は、自分自身が高くなることでした。私たちは一方的な神の恩寵によって救われたのです。「助けられて当然、祝福されて当然、私たちこそがアブラハムとの祝宴の席に着く」という誤った心を持つとき、イエス様は私たちに「彼の愛と謙遜な信仰を見なさい」と仰います。

地位も、家系も、財力も、学歴も、世界をお造りになった唯一の神の御前では無意味です。創造主なる神は人の心をご覧になる方です。ですから、私たちは過去に執着せず、主に救いを求める切なる心をのみ携えて神様に進み出ましょう。いま、この日から新しい生が始まるのです。